Good
news ! by Saki
「Good news」というのは"福音"という意味。
現在福音というのは、文字通り「よい知らせ」という意味で
使われる事も増えてきたが、本来的には「Gospel」と同義の、
聖書でいうところの良い知らせ=イエス・キリストの福音
ということらしい。
Back
Number
01 02 03 04
「坂本竜馬の甥」
来年の大河ドラマの主人公は坂本竜馬ですが、
この坂本竜馬の親戚の中にクリスチャンになった人がいるのを御存じでしょうか。
それもただのクリスチャンではありません。何と牧師になってしまったのです。
名は坂本直寛。母は坂本竜馬の姉千鶴で、坂本竜馬は叔父ということになります。
最初は竜馬の影響や、土佐藩の気風もあってか、直寛は政治の道に進みました。
立志学舎(土佐自由党の政治結社)に学び、明治17年には高知県会議員に当選しています。
明治8年にキリスト教と出会い、18年には洗礼を受けていますが、
このときはまだキリスト教の真髄に触れたというよりは、
むしろ文明先進国アメリカのキリスト教的世界観に新鮮な魅力を感じて、
社会的にキリスト教を受け入れたと言った方が良かったようです。
しかしその後、明治20年、三大建白書運動で逮捕され投獄されているあいだ、
差し入れられた聖書を中心に礼拝を守る中、信仰が深められていきました。
明治22年、憲法発布の恩赦で出獄した後、
明治26年、県会議員の任期満了を機に政界を去り、伝道者としての道を歩み始めました。
それまでは、政府の批判攻撃に力を注いでいましたが、
すべての社会の愚かさは人間の罪からくること、
神を畏れる人間改革なしに本当の自由・自治を柱とする 国家は作れない
と考えるようになったのです。
明治30年、家族と共に北海道に移り開拓と伝道に従事するようになりました。
そして明治35年坂本直寛50歳の時に、植村正久師(現・東京神学大学の創立者)の勧めで
旭川教会の伝道者として赴任、37年に正式に牧師となりました。
旭川教会ではピアソン宣教師と共に廃娼運動、
おそらく日本で初と言われる軍隊伝道、十勝の監獄伝道などを進めました。
余談ですがピアソン宣教師夫妻は北海道のキリスト教伝道では忘れることのできない人で、
北見にその記念館があり、記念館の前の通りは「ピアソン通り」と呼ばれているそうです。
ピアソン宣教師夫妻は、北見に行く前、旭川に滞在しており、
その折に坂本直寛師と協力して働いていました。
坂本直寛師は、ピアソン宣教師夫妻の北見伝道にも協力したようで、
北見にも坂本直寛師の記念碑があります。
坂本直寛師は、牧師になるまでに2度、妻を事故や病気で亡くしており、
北海道では3人目の妻と伝道の働きをしました。
北海道に渡ってからも困難や試練にあいながらも、その働きをやめることはありませんでした。
7年間、旭川での牧師を務めたのち、札幌に住み、その後もキリスト教伝道を続け、
明治44年、札幌の病院において、58歳の生涯を閉じました。
とまあ、カタイ記事になりましたが、
幕末から明治にかけて、宣教師が多数日本に来て、伝道活動を行った結果、
意外な人がクリスチャンになっています。
実は今年は横浜開港150周年の年、日本プロテスタント伝道150周年でもあります。
このあたりのキリスト教人物史は、様々に興味深いことがありますので、
しばらく更新していなかったこのコーナーですが、
今年はちょっと、頑張って書いてみようかな、と思っています。
いつ更新できるかわかりませんが、また、良かったら覗いてみてください。
2009年8月1日
「このコーナーまだあるの?」
と、Sakiさんに言われて、
そういえば最後の更新から何年経つんだろう?
気まぐれ更新とはいえ約7年過ぎてました(笑)
しかしながらこのコーナーは「気まぐれ」で良いのです。
Sakiさんがまた更新して下さるとのこと。
気長に待ってます!!
そうだ!そろそろクラス会やらんとね(笑)
「やろう!」と言ってからもう5年は経ってる(汗)
by cozy
|